EU規制

「DPPは2029年から」ではありません ― 欧州向けアパレルの実際の期限

「DPPは2029年から」ではありません ― 欧州向けアパレルの実際の期限

EUのデジタル製品パスポート(DPP)について調べると、「繊維製品への適用は2029年ごろ」という記述をよく見かけます。3年先の話に見えるかもしれません。

しかし、欧州向けに製品を出しているブランドにとって、動き出す時期はもっと手前にあります。この記事では、DPPの仕組みを法令の条文から確認したうえで、アパレルにとっての実際の期限と、今から整えられる準備を整理します。

準備を始める時期は、2029年から逆算する

理由は2つあります。

ひとつは、生産計画から逆算すると時間が足りないことです。DPPは、適用日以降にEU市場へ出す製品が対象になります。アパレルでは企画・素材調達・生産が販売より前に動くため、何のデータを集めるかと、委託先から出してもらう体制は、企画の段階で決めておく必要があります。製造後に決まる情報は、EU市場に出すまでに整えます。

ここでは、生産準備に1年、糸・生地・染色・縫製と複数の委託先をまたいでデータを集める仕組みづくりに2年を仮置きします。並行して進めるなら2029年から逆算して2027年、順に進めるなら2026年に始めることになります。実際の期間は、取引先の数や工程によって変わります。

もうひとつは、DPPより先に、一部で同じデータを求める規制が始まることです。

「2029年ごろ」はどこから来ているか

繊維のDPPの時期は、まだ法律では決まっていません。「2029年ごろ」は、次の2つを組み合わせた推計です。

  • 欧州委員会の作業計画(2025〜2030年)は、繊維・アパレルの規則(委任法)を2027年に採択する目安を示している。委員会の繊維のページでは「2027年第4四半期」
  • エコデザイン規則は、委任法の適用開始を、原則としてその委任法の発効から18か月以降にすると定めている(第4条4項。正当な理由がある場合の例外あり)

2027年の終わりに採択・発効すれば、適用は早くても2029年の半ば以降になります。「2027年から衣類にDPPが義務になる」という説明を見かけたら、それは採択の目安と適用の日付を取り違えています。

DPPの前に来る3つの規制

売れ残り品の廃棄禁止と、その開示義務

エコデザイン規則は、売れ残った衣類・履物の廃棄を禁止しています(第25条)。対象は衣類・付属品・帽子と靴で、家庭用リネンは含まれません。大企業には2026年7月19日から適用されており、中規模企業には2030年7月19日から適用されます。零細・小規模企業には適用されません。

これとは別の条文(第24条)で、売れ残った製品を廃棄した場合の数量や理由の開示も義務づけられています。欧州委員会は、大企業にはこの開示義務がすでに適用されていると説明しています。開示の様式をそろえる実施規則は、2027年から適用されます。中規模企業への適用は2030年7月19日からで、零細・小規模企業は対象外です。

強制労働製品禁止規則(2027年12月14日〜)

強制労働が関わった製品は、EU市場への投入もEUからの輸出も禁止されます。業種も原産国も問わないため、衣類・履物も対象です。新たなデューデリジェンス義務が課されるわけではありませんが(第1条3項)、サプライチェーンを追えなければ、調査を受けたときに反証が困難になります。欧州委員会は、事業者向けのガイドラインを2026年6月に公表しています。

繊維EPR(2028年4月17日まで各国が制度導入)

改正廃棄物枠組み指令により、EUで衣類・履物・家庭用リネンなどを販売する生産者が、回収・リサイクル費用を負担する制度が導入されます。対象には、衣類と付属品、帽子、靴のほか、毛布・寝具・カーテンなども含まれます。

各国がこの指令を国内法にする期限は2027年6月17日、EPRの制度を整える期限は2028年4月17日です。どの国で販売する場合も、生産者としての登録が要ります。EU域外から通信販売する事業者に、現地の代理人を置かせるかどうかは、国ごとに決められます。

3つの規制とDPPを並べると

規制 何を求めるか 中小企業の扱い DPPと共有できる情報
売れ残り品の廃棄禁止・開示 衣類・靴の売れ残りを廃棄しない。廃棄した数量と理由を開示する 零細・小規模は適用外。中規模は2030年から 品番、関税分類コード、数量
強制労働製品禁止規則 強制労働が関わった製品を、EUで売らない・EUから輸出しない 規模による適用除外はない 工程ごとの委託先と所在地
繊維EPR 生産者として登録し、回収・リサイクルの費用を負担する 零細企業は1年遅れの2029年4月17日から 品番、販売した数量
DPP(繊維) 製品ごとのデジタルな情報を用意し、登録する 適用除外の規定はない —

必要な項目は規制ごとに違いますが、品番、取引先、数量といった管理の土台は共通しています。DPPの適用を待つまでもなく、その土台は先に求められます。

DPPとは何か

DPPは、素材・製造・環境性能などの情報を製品単位でデジタル開示する仕組みです。根拠はEUのエコデザイン規則(ESPR)で、製品グループごとに「委任法」で対象と記載項目が決まります。

ESPRは、委任法の対象になった製品について、DPPが用意されていなければEU市場に出せないと定めています(第9条1項)。データは正確で、欠けがなく、最新でなければなりません。

対象になる製品

欧州委員会の作業計画(2025〜2030年)が、最初に規則を作る製品グループと、採択の目安の年を示しています。

製品グループ 採択の目安
鉄鋼 2026年
繊維・アパレル 2027年
タイヤ 2027年
アルミニウム 2027年
家具 2028年
マットレス 2029年

靴は繊維とは別扱いで、2027年末までに調査を終えるとされている段階です。電池はESPRとは別の電池規則で先行しており、電動アシスト自転車などの軽車両用、容量2kWh超の産業用、EV用の電池には、2027年2月18日からバッテリーパスポートが義務化されます。

パスポートに載る情報

何を載せるかは製品グループごとの委任法で決まり、ESPRはその候補を並べています(附属書III)。

種類 候補になっている情報
識別子 製品ごとの固有識別子、GTIN、関税分類コード(TARICなど)
誰が作ったか 製造者の事業者識別子、製造施設の識別子、輸入者のEORI番号、EU域内の責任事業者
製品の性能 修理しやすさ・耐久性の評価、カーボンフットプリントまたは環境フットプリントなど
含まれる物質 懸念物質の名称、製品の中での位置、濃度
書類 適合宣言、技術文書

再生材の使用や含有も、ESPRが規則を作るときの観点として挙げられています(第5条、附属書I)。ただし、素材の構成や再生材の割合が繊維のDPPで必須になるかは、委任法が出るまで決まりません。

欧州委員会の共同研究センター(JRC)が2026年5月に、アパレルのDPPに何を載せるかを検討した調査報告書を出しています。ただし報告書には、欧州委員会の立場を表すものではないと明記されています。規制の中身として扱うのは早すぎます。

誰が、どこまで見られるか

ESPRは、消費者、製造者、輸入者、修理業者、リサイクル業者、市場監視当局、税関などが、それぞれのアクセス権に応じて無料でDPPを見られるようにすると定めています(第11条)。

ただし、「消費者はここまで、当局はここまで」という具体的な分け方は、法律本体には書かれていません。これも委任法で決まります。消費者の個人データは、本人が明示的に同意しない限りDPPに保存できません。

製品には、QRコードなどのデータキャリアを付けます。付ける場所は、製品本体、包装、または製品に添付する書類のいずれかです。販売店やオンラインモールから求められたら、事業者は5営業日以内に、データキャリアか製品識別子のデジタルコピー、またはDPPへのリンクを無料で渡す必要があります(第10条3項)。

「分散型」の意味

DPPは分散型で管理されます。EUが全データを集めるのではなく、製品データは各事業者側に置きます。EUのレジストリが持つのは、識別子や関税分類コードなどの登録情報で、委任法で追加のデータが指定されることもあります(第13条)。このレジストリは2026年7月20日に稼働を開始しました。

ここで2つ、誤解されやすい点があります。

ひとつは、「分散型」はブロックチェーンのことではないという点です。ESPRやレジストリの実施規則の条文には、特定の技術を求める規定はありません。求められているのは、オープンな標準にもとづくこと、相互運用できること、特定の事業者に縛られないことといった性質です。一方で、ブロックチェーンが「不要」とEUが明言した文書も見当たりません。

もうひとつは、自社でサーバーを持つ必要はないという点です。データは自社で保管しても、DPPサービスプロバイダーに預けても構いません。ただし、事業者が倒産・撤退した後もパスポートを閲覧できるよう、独立した第三者であるサービスプロバイダーにバックアップを置くことは必須です(第10条4項)。

なお、データを外部に預けても、正確性と更新の責任は製品を市場に出す事業者に残ります。

登録するのは誰か

レジストリに登録するのは、EU市場に製品を出す事業者です(第13条4項)。誰が登録するかは、会社の種類ではなく、その製品についての役割で決まります。

EU市場に製品を出す立場にない受託工場、たとえば日本のブランドから縫製や染色を請け負う工場であれば、レジストリに登録する必要はありません。ただし無関係ではなく、DPPには製造施設の情報が入りうるため、「どこで作ったか」「何を使ったか」のデータ提出を取引先から求められる立場になります。

日本のブランドの立場は、売り方で変わる

EUの輸入者を通して販売する場合、ESPRでいう「輸入者」はEU域内に拠点を持つ事業者なので、DPPを確認する義務の主な名宛人はその輸入者になります。輸入者は、DPPとそのバックアップがあることを確かめ、自社の連絡先をDPPの公開部分に載せなければなりません(第29条)。日本のブランドは製造者として、技術文書やデータを用意する立場に残り、輸入者を通す場合も、DPPとそのバックアップを用意する製造者の義務はなくなりません。

EUの消費者に直接販売する場合は、EU側に輸入者がいないため、製造者としての義務を自社で負う前提で考える必要があります。EU域内に代理人を置くことはできますが、DPPを用意する義務(第27条1項)は代理人に移せません(第28条1項)。誰がDPPを作るかは、製品グループごとの委任法で決まります。

なお、一般消費者向けの製品をEUで売るには、DPPとは別に、一般製品安全規則(GPSR)でEU域内に責任を負う事業者を置く必要があります(第16条)。直接販売を考えている場合は、こちらも確認が必要です。

将来は通関でチェックされる

DPPは「求められたら出す書類」ではありません。EUで製品を自由に流通させる手続きをする者は、レジストリで発行される登録番号を税関に示すことになっています(第15条)。さらに、レジストリとEUの税関システムを自動でつなぐ仕組みを、レジストリの実施規則の発効(2026年8月6日)から4年以内、つまり2030年8月ごろまでに動かすとされています。繊維DPPの適用時期とほぼ重なる見込みです。

EUの輸入者を通して販売する場合、通関で止まるリスクを直接負うのは輸入者です。輸入者は自社の期限に間に合わせるため、法定期限より前に日本側へデータ提出を求めてくると考えられます。その場合、日本のブランドにとっての実質的な期限は、法律の日付ではなく、取引先から要求が来る日になる可能性があります。

日付を並べると

確定している日付と、予定・推計を分けて並べます。

時期 起きること 確かさ
2026年7月19日 売れ残りの衣類・靴の廃棄禁止が、大企業に適用開始 確定
2026年7月20日 DPPのレジストリが稼働 確定
2027年2月18日 EV用などの電池にバッテリーパスポートが義務化 確定
2027年6月17日 各国が繊維EPRを国内法にする期限 確定
2027年第4四半期 繊維・アパレルの委任法の採択 予定
2027年12月14日 強制労働製品禁止規則の適用開始 確定
2028年4月17日 各国が繊維EPRの制度を整える期限 確定
2029年半ば以降 繊維DPPの適用開始 推計
2030年7月19日 売れ残り品の廃棄禁止と開示義務が、中規模企業に適用開始 確定
2030年8月ごろまで レジストリとEU税関システムの自動連携 確定(期限から計算)

今から始められる4つの準備

繊維の委任法はまだ公表されておらず、記載項目や適用時期は確定していません。ただ、どう決まっても必要になる可能性が高いデータから整えておけば、確定した後の追加の対応に備えられます。

1. サプライチェーンの見える化

縫製工場だけでなく、生地・糸・染色まで、工程ごとの委託先と所在地を把握します。ESPRの候補には「製造施設の識別子」があり、強制労働製品禁止規則の調査でも、どこで作ったかを示せることが反証の前提になります。

2次・3次の委託先は、1次の取引先を通さないと分からないことが多い部分です。まず売上の大きい品番から、工程ごとに1社ずつ埋めていきます。

2. 製品データの整備

品番ごとの情報を、紙やPDFではなく使えるデータとして持ちます。どの規制がどの情報を求めるかを並べると、次のようになります。

そろえておく情報 関係する規制
工程ごとの委託先と所在地 DPP(製造施設の識別子)、強制労働製品禁止規則
品番ごとの関税分類コード(HSコード) DPP(関税分類コード)、売れ残り品の廃棄禁止(対象の判定)
含まれる化学物質 DPP(懸念物質)
素材の構成 DPP(委任法で決まる見込み)、繊維のラベル表示
販売した数量と、売れ残り・廃棄の数量 繊維EPR(生産者としての報告)、売れ残り品の廃棄の開示

「使えるデータ」とは、品番をキーにして、工程・委託先・根拠の書類がつながっている状態のことです。たとえば台帳の1行は、次のような形になります。

品番 工程 委託先 所在地 根拠の書類 確認した日
A-1024 染色 〇〇染工 国名・都市 納品書・工場の証明書 2026年9月

数量は、販売した国ごとに分けて持っておきます。EPRは国ごとの制度なので、国をまたいだ合計だけでは報告に使えません。

3. 取引先との取り決め

サプライヤーからのデータ提供を、契約や発注条件に組み込みます。決めておきたいのは、次の4点です。

  • 何を出すか——工程、所在地、素材の構成、化学物質など、上の「そろえておく情報」の項目
  • どの形式で出すか——こちらが指定する表の形式で。PDFの証明書だけでは台帳に入らない
  • 何で確かめるか——納品書、工場の証明書、第三者の認証など、根拠になる書類
  • 変わったときに知らせるか——委託先や工場が変わったら、何日以内に知らせるか

EU側の輸入者から要求が来てから取り決めを始めると、委託先をさかのぼって集める時間が足りなくなるおそれがあります。

4. 規制の動きを追う

見る場所と、変わったときに更新するものを決めておきます。

  • 欧州委員会のDPP(繊維・アパレル)のページ——委任法の案が出た段階で、求められそうな項目を確かめて準備を始める。採択されて官報に載ったら、確定した項目・適用日・アクセス権・保存期間を確かめ、台帳と運用を更新する
  • 販売する国の、繊維EPRの生産者登録の窓口——登録の開始日、対象になる事業者、代理人が要るかを確かめる
  • EU側の輸入者・取引先——法定の期限より先に、取引先から求められる項目と期限を聞いておく

おわりに

DPPは、単独の規制として捉えると2029年の話に見えます。しかし、強制労働規則・EPR・DPPに共通するトレーサビリティ基盤として捉え直すと、着手すべき時期は今です。


主な出典

※調査・執筆:株式会社LEAPS。2026年9月28日時点の公開情報にもとづく調査記事で、法令の本文を取得して確認しています。繊維DPPの適用時期は、作業計画の採択目標年とESPR第4条4項にもとづく推計です。本文の作成にはAIを使っています。本記事は法的助言ではありません。

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